sakuma
所ジョージ
所さんの家で遊ぼう、という番組で、遊ぶだけ遊んで片付けない芸人に
「片付けはめんどうなことじゃなくて、次にまた楽しく遊ぶための段取り」
と言いながら、自分で日曜大工の後片付け(道具洗ったり)をしてた。
偉い人だなあ、と思った。
gkojay

そして、落合監督はあんなふうに無愛想にみえるけれど、「選手の気持ち」になって考えられる人でもありました。

 2006年にリーグ制覇をはたした際に、大の中日ファンであるスタジオジブリの鈴木敏夫さんが、落合監督に尋ねたことがあるそうです。

「なぜ、愛想が悪いのか?」と。

 表情が一瞬、こわばった。落合監督は、ぼくの目をじっと見つめると、ゆっくりと丁寧に答えを言ってくれた。「オレのひとことで、選手は調子を崩す」。それだけ聞けば十分だった。

 みんなに優しく、公正であろうとすればするほと、人というのは、孤独で、無口になってしまうのかもしれません。

tomomicov

デーモン閣下のサンデースポーツでの問題提議が話題になっている。

場所中にも指摘したように、白鵬の土俵態度は
100人が見れば100人が素晴らしいと感じるものでない実情が有る。

張り差しやカチ上げなどの有無を言わせぬ打撃技、
立ち合いの駆け引き、
勝負が決した後でのダメ押し、
そして、汗を拭かない。

フラットに見て、これを全て不問にすることは出来ない。

[…]

そういう意味で、親方衆がこれらを注意するのは
実に理に適っていると言える。

だが、白鵬にはそれが作用しない。
それ故に白鵬は今、こうした行為を日常的に行っている。
白鵬なら、何をしてもいいのだろうか?
相撲界の顔が、議論の対象たる行為ばかりに手を染めていいのだろうか?

相撲界の恩人たる彼が、今大きく道を誤ろうとしている。
苦しい時に相撲界を盛り立てた白鵬だから、
相撲界のあるべき姿を体現した白鵬だから、
今こそ、あるべき姿を提示しなくてはならない。
たとえそれが、白鵬を傷つけることになっても。

私はその役割を、横綱審議委員会に期待した。
だが、彼らの口からは日馬富士と鶴竜の不甲斐なさを批判するという、
叩ける力士を叩く、安全圏からのポジショントークに過ぎなかった。
そのことに対して私は落胆した。
期待はしていなかったが、それでもそういう気概が
一かけらは残っている方たちだと思っていたからだ。

だが、この横綱審議委員会すら怖気づく役割を引き受けた者が居た。
そう。
デーモン閣下である。

彼は先のサンデースポーツで、豊真将に対するダメ押しについて言及した。
そして白鵬から、ダメ押しは土俵を割っていないからだということ、
豊真将の立ち合い変化に対する制裁的な意味が込められていたことを引き出した。

更にここでデーモン閣下は、その言葉に対して返す刀で
格下力士達のそうした変化をこれからもしてくるであろうこと、
そして双葉山ならばそのようなことはしなかった、という
非常に耳の痛い切り返しをしたのだ。

白鵬もこれには苦笑いするしかなかった。
これは、本当に凄いことだと思う。

横綱に対して意見することがどれだけ危険なことか、
デーモン閣下はよく分かっていたはずだ。
たとえ正論であったとしても、それを言うことが
白鵬ファンや白鵬の心証を害することになることも
十分想像できるからだ。

白鵬は、相撲界に貢献した恩人だ。
そして、そのことに対して多くのファンが感謝している。

それが正論か否かが問題なのではない。
そういう恩人に対して物申すこと自体が
分をわきまえた行為ではないと受け止められてしまう可能性が有るのだ。

だからこそ、今回の問題提議にはリスクしか存在しなかった。
デーモン閣下はあの場で30回目の優勝について
ニコニコ笑いながら褒め称えるだけでも良かった。
それを責める人間は居ない。

しかしデーモン閣下は、言葉を選びながら
視聴者も白鵬も傷つかず、しかも心に届く問題提議をしてくれた。
何故それが出来たか。

それは、デーモン閣下は白鵬を本気で心配していたからだ。

普通こうした問題提議というのは、自分が溜飲を下げることが
目的となりがちだ。
相手を正論で打ちのめし、悦に入る。
週刊誌やタブロイド誌の批判が響かないのはこうした理由が大きい。

目的は何か。
ゴールは何か。

白鵬を傷つけることではない。
白鵬に気付いてもらうことなのだ。

白鵬が今の自分の問題点に気づいていないことは、
ダメ押しを正当化したことを見れば明らかだ。

そして彼は、あらゆる行為を横綱は受け止めるべきだと諭した。
双葉山の名を借りて。
双葉山の生き様を追ってきた者であれば、
その指摘が正論であることは痛いほど分かる。
だからこそ、白鵬はあそこで苦笑いせざるを得なかったのだ。

デーモン閣下の存在に、何度助けられたことだろうか。
白鵬だけが相撲界の恩人ではない。

閣下の言葉に、これからも耳を傾けよう。

yellowblog
転んだ人を笑うな。彼は歩こうとしたのだ
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もう一つは、「孤独のグルメファンは行儀がいい」ということだ。ここで7月24日に発売された「『孤独のグルメ』巡礼ガイド」内の原作者インタビューを引用しよう。

「夫婦で営業してるんで、急にたくさんのお客さんが来ちゃうとさばききれない。なので、お客さんには看板メニューの釜めしは「2時間もかかりますよ」って言ったら、みんな「待ちます」っておとなしく待ってくれたらしい。しかも誰かが片付けを自分で始めたら、みんなが後に続いてやってくれたんだって。「もう涙が出るようだった」って言ってましたね」

まるっきり、お店の事情がよくわかっている「常連」としての振る舞いだ。

この理由についても、前述のインタビュー内で久住はこう語っている。

「シーズン3までやってその理由がやっとわかったんだけど、どうやら五郎が静かな客だかららしい。『孤独のグルメ』のファンは、井之頭五郎になりきって食べるから、みんな騒がないんだよね」
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「お局様」とは、「察してちゃん」であると同時に「構ってちゃん」であり、それを大人の女性が(自覚無自覚にかかわらず)自身に許してしまうからグロテスクなのである。 また、キツイ態度や物言い、嫌味な小言を連発していると、「この人は何を怖がっているのか?」「弱く、淋しい人だ」という印象を最終的に周囲に与える。
それは、「てきぱきして媚びない強い私」という自己イメージとかけ離れている筈で、必死に自分の既得権益を守り、「それゆえに吠えている弱い犬」と思われるのは相当にカッコ悪いことではあるまいか。